目次
「私が終活を伝え続ける理由」~人生は終わっても、想いは未来へつながっていく~
これまで6回にわたり、「終活って、何から始めればいいの?」というところから、遺言書に想いを遺すこと。判断できる今だからこそ、自分で決めること。家族が迷わないために準備すること。一人で抱え込まず、専門家を頼ること。そして、終活をもっと身近に感じていただくこと。
そんなお話をしてきました。
最終回となる今回は、少しだけ私自身のお話をしたいと思います。
なぜ私は、これほど終活をお伝えしたいと思うのか。
その原点についてです。
私は、「人生の最期」に関わる仕事をしてきました
私は行政書士になる以前、市役所で市営葬儀や市営墓地に関わる仕事をしていました。
また、介護の現場で働き、人生の最期に寄り添った経験もあります。
そして現在は行政書士として、遺言や相続、死後事務委任、任意後見など、人生の大切な場面に関わるご相談をお受けしています。
仕事はそれぞれ違います。
けれど、振り返ってみると、ずっと一つのことに向き合ってきたように思います。
それは、「人は、人生の最期に何を遺すのだろう。」ということです。
残された家族は、「答え」を探します
人が亡くなると、さまざまな手続きが始まります。
葬儀。役所への届出。相続。預貯金。不動産。お墓。遺品整理。
でも、ご家族が本当に知りたいことは、手続きだけではないことがあります。
「お父さんは、どうしてほしかったんだろう。」
「お母さんは、本当はどう思っていたんだろう。」
「これでよかったのかな。」
その答えを、残されたご家族は探します。
けれど、ご本人はもう答えることができません。
だからこそ私は思うのです。
元気な今、言葉にできることがあるのなら、伝えておいてほしい。
「ありがとう」は、元気なうちに伝えられます
終活というと、遺言書を作る。財産を整理する。お墓を決める。
そんな「準備」を思い浮かべます。
もちろん、それらは大切です。
でも、もっと簡単にできる終活があります。
「ありがとう。」
と伝えることです。
お世話になった人に。家族に。友人に。そして、ときには自分自身に。
言葉にできる今だからこそ、伝えられることがあります。
私は、終活とは「亡くなった後のためだけに何かを残すこと」ではなく、今を大切に生きることにもつながっていると思っています。
だから私は、「付言事項」を大切にしています
遺言書を作成するとき、私は「付言事項」をとても大切にしています。
遺言書には、財産を誰にどのように承継させるのかという大切な役割があります。
でも、その分け方だけでは伝わらないことがあります。
なぜ、このように分けたのか。
誰に、どんな感謝を伝えたいのか。
これから家族に、どんなふうに生きてほしいのか。
そんな想いを、ご自身の言葉で残すことができるのが付言事項です。
付言事項そのものに、財産の承継を実現するような法的効力があるわけではありません。
それでも私は、そこに大きな意味があると思っています。
なぜなら、相続するのは「財産」ですが、その財産を受け取るのは、人だからです。
人には、気持ちがあります。
同じ財産の分け方であっても、「どうして?」と思うのか、「そんなふうに考えてくれていたんだ。」と思うのかで、その後は変わるかもしれません。
法律だけでは届かないところへ、言葉が届くことがあります。
だから私は、遺言書を単なる「財産分けの書類」で終わらせたくないのです。
財産は、「残す」だけではありません
もう一つ、私が終活をお伝えする中で、大切にしていることがあります。
それは、財産を「残す」だけでなく、「活かす」という考え方です。
遺言によって、自分の財産を相続人以外の人や団体などへ贈る「遺贈」という方法があります。
例えば、自分がお世話になった活動を支える。医療や福祉に役立ててもらう。未来を生きる子どもたちのために使ってもらう。
自分が人生で大切にしてきたことを、財産に託して未来へつなぐ。
そんな選択もあります。
もちろん、すべての方に遺贈をおすすめするものではありません。
まず大切なのは、ご自身の生活と、ご家族のことです。
そのうえで、「自分の財産を、こんなことにも役立てたい。」という想いがあるのなら、それを形にする方法があることも知っていただきたいと思っています。
「何を遺すか」は、財産の額では決まりません
相続や遺言のお話をすると、どうしても「いくらあるのか」という話になります。
預貯金はいくら。不動産はいくら。相続税はいくら。
もちろん、それも必要です。
でも、人生の最後に遺せるものは、お金だけでしょうか。
私は、そうではないと思っています。
家族と過ごした時間。誰かにかけた言葉。仕事を通して支えた人。子どもに教えたこと。誰かにしてもらったことへの感謝。一緒に笑った思い出。そして、その人らしい生き方。
それらもまた、次の人へ受け継がれていくものではないでしょうか。
「私は、何を遺しただろう」
以前、セミナーの最後に、東日本大震災復興支援ソング『花は咲く』についてお話ししたことがあります。
その歌の中には、
「私は何を遺しただろう」
という問いがあります。
私は、この言葉を終活のお話と重ねて考えることがあります。
私たちは、何を遺すのでしょう。
財産でしょうか。家でしょうか。名前でしょうか。
それとも、誰かの心の中に残る言葉でしょうか。
その答えは、人によって違います。
そして、今すぐ答えが出なくてもいいと思います。
でも、一度、「私は何を遺したいのだろう。」と自分自身に問いかけてみる。
それだけでも、これからの生き方が少し変わるかもしれません。
花は、咲いて終わりではない
花は、咲いて、やがてその姿を変えていきます。
でも、それですべてが終わるわけではありません。
実を結び、種となり、その種が運ばれ、また別の場所で新しい花が咲くことがあります。
私は、人の人生もどこか似ているように思います。
私たちの命には限りがあります。
けれど、誰かに伝えた言葉。誰かに差し伸べた手。家族に遺した想い。仕事を通して誰かに届けたもの。そして、自分の財産を使って未来へ託した願い。
それらは、自分がいなくなった後も、誰かの中で生き続けることがあります。
私たち自身が見ることのない未来で、自分が蒔いた種から、花が咲くかもしれません。
だから、終活は「今」を生きるためにある
第1回から、この連載で繰り返しお伝えしてきたことがあります。
終活は、人生を閉じる準備ではありません。
なぜなら、終活について考えると、「私は誰を大切にしたいのか。」「これから何をしたいのか。」「誰にありがとうを伝えたいのか。」「残りの人生を、どう生きたいのか。」という、「今」と「これから」が見えてくるからです。
終わりを考えたはずなのに、気がつけば、生きることを考えている。
私は、それが終活の本当の意味なのではないかと思っています。
20歳でも、100歳を超えていても
だから私は、終活に「まだ早い」はないと思っています。
20歳なら、20歳の今だから考えられる未来があります。
50歳なら、これまでの人生を振り返りながら、これからを考えることができます。
70歳、80歳になれば、家族へ伝えておきたいことが、より具体的に見えてくるかもしれません。
100歳を超えていても、「私はこうしたい。」という想いがあります。
年齢ではありません。
自分の人生について考えようと思った、その日が始めどきです。
すべてを決めなくてもいいのです
終活を始めると、「全部決めなければ。」と思ってしまう方がいます。
でも、人生は変わります。家族も変わります。気持ちも変わります。
だから、何度でも考え直していいのです。
今日は、「もしものときに連絡してほしい人」を一人書いてみる。
明日は、「ありがとう」と一言伝えてみる。
今度、家族とお墓の話をしてみる。
そして必要だと思ったときに、遺言書や任意後見、死後事務委任などについて専門家へ相談してみる。
それでいいのです。
一つずつでいい。
終活は、一度で完成させるものではありません。
人生と一緒に育てていくもの。
私は、そう思っています。
私が終活を伝え続ける理由
市役所で。介護の現場で。そして、行政書士として。
私はさまざまな人生に触れてきました。
その経験を通して、今、私が皆さまにお伝えしたいことは、とてもシンプルです。
「間に合う今だからこそ、大切な人へ伝えてほしい。」
そして、「自分自身のことも、大切にしてほしい。」
家族のためだけの終活ではありません。
子どもに迷惑をかけないためだけの終活でもありません。
これまで誰かのために頑張ってきた方にも、これからは、「私はどうしたい?」と、自分自身に聞いていただきたいのです。
自分の意思で決めること。
自分の想いを言葉にすること。
そして、自分の人生を最後まで自分らしく生きること。
そのお手伝いをすることが、私が終活を伝え続ける理由です。
そして、これからも。
7回にわたってお届けした、
「終活は、人生をより良く生きる準備。」
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
でも、これは終わりではありません。
終活には、一人ひとり違う物語があります。
これからも私は、遺言・相続を専門とする行政書士として、制度だけではなく、その方の人生をお聞きし、その方が大切にしてきたものを一緒に見つけ、それを未来へつなぐお手伝いをしていきたいと思っています。
分からないことがあれば、一人で抱え込まず、お話しください。
何を相談したらいいのか分からなくても構いません。
お話をするところから、一緒に始めましょう。
🌸 花笑む終活メッセージ
花は、咲いて終わりではありません。
実を結び、種となり、誰かに運ばれ、またどこかで、新しい花を咲かせます。
私たちの人生も、きっと同じです。
今日伝えた「ありがとう」が、いつか誰かを支えるかもしれない。
今日遺した想いが、まだ見ぬ未来の誰かへ届くかもしれない。
だから私は思います。
終活とは、人生を閉じる準備ではありません。
これまでの人生を大切に受け止め、今を自分らしく生き、そして、想いを未来へつないでいく準備です。
「私は、何を遺したいだろう。」
その答えを探す時間もまた、これからの人生を豊かにしてくれるのではないでしょうか。
あなたがこれから歩む人生に、そして、あなたから想いを受け取る誰かの未来に、また新しい花が咲きますように。
不安を安心へ。
想いを、未来へ。
これからも、そのお手伝いをしてまいります。
行政書士奥村オフィス
行政書士 奥村 多恵子

